HONYAKU

Introduction & Translation of Japanese/English literature & Culture 日本と英語の小説の紹介

Tuesday, April 08, 2008

引っ越し荷物

本が多いと大変です

Sunday, August 27, 2006

8.Pacific Radio Fire by Richard Brautigan

8.Pacific Radio Fire by Richard Brautigan

この世で最大の海は,カリフォルニアのモントレイで始まるか終わる.それはその人が何語をしゃべっているかによるのだが.友人が奥さんに逃げられた.奥さんは,ドアを開けて出て行った.さよならとも言わずにだ.私は彼と会い,ポートワインを2本飲んで,太平洋に向かった.
それはアメリカ中のジュークボックスで鳴っていた古い歌だ.長い間鳴ってきて,アメリカ中のゴミにも録音されてしまった.全てのものに積もって,いすも車もおもちゃもランプも窓も,あらゆるものが無数のレコードプレーヤーになった.そしてその歌を鳴らして,私たちの失恋した心の耳に届く.
二人で狭くて奥まった砂浜に腰を下ろした.砂浜は御影石と,言葉を話しているかのような広大な太平洋に囲まれていた.
彼の持ってきたラジオでロックを聞きながら,私たちは,静かにポートワインを飲んでいた.二人ともやけになっていた.残りの人生を彼がどう過ごすつもりなのかわからなかった.
ワインをもう一口飲んだ.ラジオからはビーチボーイズがカリフォルニアの女の子のことを歌っているのが聞こえた.かれらのお気に入りだ.
友人の目が濡れたぼろぼろの敷物のようだった.
ある種の変な掃除機のようだったが,私は友人を慰めようとした.おきまりのセリフを繰り返した.誰もが失恋した友人を慰めようとして口にするが,役に立たないセリフだ.
違うのは,他の人間が発している声であるということだけだ.愛するものを失って惨めな思いでうちひしがれている人間の気分を慰めるような言葉なんてないのだ.
ついに友人はラジオに火をつけた.紙切れをラジオの周りに置いてマッチで火をつけた.私と友人は燃えているのを座ってみた.ラジオに火をつける人を見たのは初めてだった.
ラジオが燃えていくにつれて,炎のせいで流れてくる歌が変わりだした.トップ40の1位のレコードが突然13位に変わった.そして9位の曲が,「誰かを愛している」というコーラスの途中で27位の曲に変わった.聞こえてくる曲は,けがをした鳥のように人気が落ちていった.手を打つには遅すぎた.

7.Inhaling the spore by Lawrence Weschler

7.Inhaling the spore by Lawrence Weschler

西中央アフリカのカメロニア熱帯雨林奥深くにはMegaloponera foetenという名の蟻がいる.地面付近で活動し,臭蟻という名の方が知られている.この大きな蟻は,人間の耳でも聞こえるような鳴き声を出すことができる,めずらしい蟻であり,落葉や熱帯雨林の中の非常に密生した地面近くの下草の間をえさをあさって生活している.
蟻がえさを探している途中で,Tomentella属の菌からでた微細な胞子を吸い込んで,菌に感染することがある.胞子は林冠のどこかから森の地面付近まで大量に雨のように降ってくるのだ.吸い込まれると,胞子は蟻の小さな脳の中に留まり,すぐに成長を始め,宿主である蟻の行動をひどく変えてしまう.見た目には苦しんで混乱したかのようで,やがて,その生涯ではじめて森の地面付近から離れて,ツルやシダの茎を根気強く登っていく.
成長を続ける菌に追い立てられるように,この蟻は,指示されたかのように,ある高さまでたどり着き,その植物にかみついてくっついてしまう.そして死ぬのを待つのだ.このようにして死んでしまった蟻は,熱帯雨林の一部ではありふれた光景だ.
そして菌自体は,生き続ける.蟻の脳を食い続け,神経系を伝わって移動し,最後には,蟻に残った柔らかい組織全てに達する.約2週間の後,釘のようなものが,かつては蟻の頭だったものから飛び出してくる.1.5インチほどの長さになると,この釘状のものは,明るいオレンジ色の先端を持ち,胞子でいっぱいになっている.そして,森林の地面に向けて胞子を降り注ぎ始め,何も疑わずに歩き回っている他の蟻達がそれを吸い込むのだ.

Saturday, August 26, 2006

6.In our Time by Ernest Hemingway

6.In our Time by Ernest Hemingway

彼らは6人の閣僚達を朝6:30に病院の壁に並べて射殺した.中庭には水たまりができており,舗装された部分には落ち葉が落ちて濡れていた.その日は雨がはげしかった.病院の鎧戸はすべてしまっていて釘付けにされていた.閣僚の一人は腸チフスにかかっており,二人の兵士が彼を階下に下ろして雨の中に運び出した.兵士達はこの閣僚を壁を背に立たせようとしたが,この閣僚は水たまりの中に座り込んだままだった.他の5人の閣僚達は静かに壁を背に立っていた.ついに指揮官は兵士達に,その閣僚を立ち上がらせなくてもいいと言った.最初の一斉射撃の時,彼は水たまりの中で,頭を膝に乗せて座っていた.
爆撃がFossaltaの塹壕を打ち砕いていた間,かれは真っ平らに横たわり,汗を掻きながら祈っていた.ああ,イエス様.ここから出してください.イエス様.どうかここから出してください.イエス様,どうかお願いです.もし,死なないでさえすれば,おっしゃることは何でもします.信じています.世界中の人にあなたが唯一重要な方であるということを話して回ります.どうかお願いです.砲撃が徐々に前方に動いた.我々は塹壕を修繕しに行った.朝,太陽が昇り,その日は蒸し暑く,容器で,静かだった.次の日の夜,Mestreに戻った彼は,Villa Rossaで一緒に上の階に上がった女の子にも,イエスキリストについて話はしなかった.誰ともその話をしなかった.

5.Invisible Cities by Italo Calvino

5.Invisible Cities by Italo Calvino

これまでの旅の途中で,Adelmaに立ち寄ったことがなかった.上陸した時,Adelmaはもう薄暗かった.船着き場では水夫がロープをつかんで杭に結わえ付けていた.この水夫の顔を見ると,一緒に兵役に送られてもう死んだ男によく似ていた.ちょうど魚の卸市の時間だった.老人がウニの入ったかごを荷台に載せていた.顔に見覚えがあると思って振り返るとすでに路地から姿を消していた.私が子供の頃にすでに老人で,いまはもう生きていないはずの老漁師に似ていた.熱病者が地面に丸まっていて動揺した.顔には毛布が掛けられていたが,父が亡くなる数日前には,ちょうどこの男のように,目が黄色くなりあごひげが伸びていた.私は目をそらした.もう誰の顔も見たくない.
Adelmaが私の見ている夢で,死者にしか出会わないのであれば,恐い夢だ.Adelmaが現実の街で,生きた人間の住む街なら,住人を見ていれば,見知った顔を見かけることはなくなり,苦悶に満ちた知らない顔を見つけるようになる.どちらにしても,人の顔を見ようとはしないほうが良い.
野菜売りがキャベツをはかりの上で量っている.少女がバルコニーからひもにつないで下ろしたかごにキャベツをいれた.その少女の顔は,私の育った村で恋のために気が狂って自殺した少女の顔だった.野菜売りが顔を上げると,私の祖母の顔だった.
私がこれまでの人生で出会った中で,死んだ人が生きている人よりも多くなった.私ももうそんな歳だ.これ以上,新たな顔や表情はつらくて受け入れることができない.知らない人に出会うたびに,昔の知り合いの顔を思い浮かべてしまうし,いつも一番ぴったりする顔を見つけてしまうのだ.
湾港労働者が列を作って階段を上がり,大瓶と樽をかついで前屈みになっていた.彼らの顔は頭巾で隠れていた.真っ直ぐ立ち上がったら,どんな顔かわかるだろう,といらいらして思いながらも,恐怖心も消えなかった.それでも,彼らから目を離せなかった.もしすこしでもこの辺の狭い通りにいっぱいいる人達の方に目をそらしたら,予想もしなかった顔に出くわすことになる.古い記憶の中にある顔が,自分の顔を思い出してほしいかのように,私の顔を知っているかのように,私を見つめることになる.
おそらく,彼らから見た私も,すでに死んでしまっている誰かと同じ顔なのだ.Adelmaに着くか着かないうちに,私はすでに死んでしまった人達の一人になり,かれらの仲間になり,目,しわ,しかめっ面の万華鏡の中に飲まれてしまった.
Adelmaは死ぬときに着く街で,知り合いに再会できる街なのだろう.つまり私もすでに死んでいるということだ.あの世は幸せな世界とはいかないようだ..

Tuesday, August 22, 2006

Super-Frog saves Tokyo by Haruki Murakami

4 Super-Frog saves Tokyo by Haruki Murakami

片桐が部屋に戻ると巨大なカエルが彼を待っていた.がっしりとしたカエルで,後ろ足でたった姿は180cm以上ある.せいぜい160cmしかない上にやせすぎの片桐は,カエルの堂々とした上背をみて圧倒された思いだった.
「カエル君と呼んでください」,カエルははっきりと力強い声で言った.片桐は玄関に立ったままじっとして声も出せなかった.「怖がらないでください.暴力はふるいませんから.入ってドアを閉めてください.さあ,はやく」
仕事鞄を右手に持ち,鮭缶と野菜の入った買い物袋を左手にぶら下げたまま,片桐はまだ身動きできなかった.
「さあ,片桐さん.急いでドアを閉めて.靴を脱いでおあがりください」自分の名前が呼ばれたおかげで,片桐は気を取り直した.言われたとおり,ドアを閉めて,買い物袋を一段高い床において,仕事鞄は手に持ったまま靴を脱いだ.カエルが手振りで台所のテーブルに座るよう促したので,片桐はそうした.
「申し訳ありません,片桐さん.お留守の間に入ってしまいました」カエルは言った.「帰ってきて私を見たら驚かれるだろうとは思ったのですが.でも仕方がなかったんです.お茶はいかがですか.もうお戻りだろうと思ってお湯を沸かしておきました.」

片桐はまだ仕事鞄を手に抱えていた.誰か僕を担いでいるんだ,片桐は思った.だれかがこの巨大なカエルの着ぐるみを着込んで,僕をからかっているんだ.しかし,カエルがわかした湯を鼻歌を歌いながら茶瓶に注いでいるのを見てわかった.これは本物のカエルの手足が動いているのだ.カエルは緑茶の入った湯飲みを片桐の前に置いてから,自分のために茶をくんでいた.

Sunday, August 20, 2006

Popular Mechanics by Raymond Carver

柴田元幸の「翻訳教室」(新書館)の課題文を翻訳してみた.
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3.Popular Mechanics by Raymond Carver

その朝の間に,天気は良くなり,雪は溶けて濁った水になっていった.裏庭に面した,肩ぐらいの高さの小窓から,その雪解けの濁った水が流れ落ちていた.通りでは自動車がぬかるんだ道を走っていた.外はもう暗くなりかけていたが,それは家の中も同じだった.
男が寝室で衣類をスーツケースに詰め込んでいると,女がドアのところにやってきた.「嬉しい.やっとででていってくれるのね.ほんとに嬉しいわ.」と,女は言った.「聞いてるの?」男はスーツケースに服を押し込み続けていた.「くそっ.私は,あなたが出て行くのが嬉しくて仕方ないのよ.」女は泣き出した.「私の顔を見ることも出来ないのね.」
そのとき女は赤ん坊の写真がベッドの上に置いてあるのに気づき,それを手に取った.男が女の方を見た.女は涙をぬぐい,男をじっと見た後で,振り返ってリビングに歩いていった.
「返してくれ.」「自分のものだけもって出て行ってよ.」男は答えもせずに,スーツケースを閉じ,コートを着て,寝室の中を見回してから,灯りを消した.
男がリビングに出てくると,女は狭苦しいキッチンの廊下で,赤ん坊を抱えて立っていた.「その子を連れて行きたいんだ」「気でもちがったの?」「正気だよ.でもその子が必要なんだ.後で誰かに,その子のものを取りに来させるよ」「この子にはさわらないでよ」
赤ん坊が泣き出して,女は赤ん坊の顔を覆っていた毛布をとった.「よしよし.」女は赤ん坊の顔をみて言った.男が女の方に近づいた.
「お願いよ」女は叫ぶと,キッチンに逃げた.「僕はその子が必要なんだ」「こっちにこないでよ」女は背を向けて,レンジの裏の隅で赤ん坊を抱きかかえた.
それでも男は近づいて,レンジ越しに手を伸ばして赤ん坊をしっかりつかんだ.「この子を渡してくれ」「出て行ってよ.出て行ってよ.」女は叫んだ.
赤ん坊は顔を赤くして泣きだしていた.赤ん坊を取り合ってるうちに,レンジの裏に吊ってあった鉢植えが落ちた.
男は女の壁に押しつけると,握っていた女の指を解こうとした.そして,赤ん坊から手を離さず,自分の全体重をかけていた.
「この子から手を離すんだ」「やめて,痛がってるじゃない」「そんなことはしてないよ」
キッチンの窓の外はもう暗かった.うす暗い部屋の中で,男は片手で女の握りしめた手をほどいて,もう片方の手で泣き声を上げている赤ん坊の脇あたりををつかんだ.
女は指が無理矢理押し開かれて,赤ん坊が引き離されたのを感じた.「だめよ」手がほどかれた瞬間に叫んだ.女は赤ん坊を取り返そうとして,赤ん坊の片手をつかんだ.手首の辺りを捕まえて,体を反らした.
しかし,男は手を離さなかった.赤ん坊が手からするっと引き抜かれるのを感じたが,強く引っ張り返した.
こんなやり方で,勝敗がついたのだった.

Carp by Barry Yourgrau

柴田元幸の「翻訳教室」(新書館)の課題文を翻訳してみた.
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2.Carp by Barry Yourgrau

日常のしがらみから隠れるように,君は公園の池にこっそり逃げ出す.そして池の底に身を沈める.池の鯉達の中で生活するのだ.君はそう決める.鯉男になるというわけだ.
水中では全てが心地よく,かすんでいる.鯉達がすいすい泳ぎ回る.鯉達は全然幸せそうには見えない.「僕のことを邪魔者と思ってるな.よし,そうかもしれないが,水の外があまりに悲惨なのが悪いのさ」と君は思う.
君は今夜泊まるところを探す.息を止めているから頭はもうろうとしてくるが,思っていたほどひどくはない.周りをじっと見回したとき,あまりのショックで息をのみ水を飲みそうになる.女の子が君をじっと見つめているのだ.はやりのオレンジ色に頭を染めて,太くて厚い白い靴下をはいた女の子.君がぽかんと見つめていると,女の子は答えを求めるように手でサインを送ってくる.「ここで何をしているの?」君は面食らって,同じ質問を返す.女の子は困ったように顔をふっと上げて,親指で自分の後ろを指さす.
かすんだ水中に,人間達が集まっているのが見える.夜の池の底のあちこちにだ.君は彼らを見つめて,「鯉人間達だ」と思う.でも鯉人間達は歓迎ムードではない.それどころか,君の方を睨み付ける.皆が君にしっしと手振りをしている.出て行け,ということなのだ.あの女の子も手を腰にまわして睨み付けている.
この敵意を前にして黙っていたが,ついに君は「いやだ」と逆上して言う.泡が口から一気に出ていく.「絶対にあんな惨めなところには戻らないぞ.ここに沈んでいたいんだ.魚たちと一緒にな.」
「どっかに行けよ」 鯉人間達は身振りで言っている.「私たちが先に来たんだ.失せろ」人間同士がじっとにらみ合う.君の目と鯉人間達の目だ.必死な目と怒りの目が池の底でにらみ合う.
鯉達は泳ぎ回っている.尾を振り.いかめしい顔でじっとこの光景をみている.

Nightmares 3rd night by Soseki Natsume

第三夜
The third night 

こんな夢を見た。

I dreamed. 

六つになる子供を負(おぶ)ってる。たしかに自分の子である。ただ不思議な事にはいつの間にか眼が潰(つぶ)れて、青坊主(あおぼうず)になっている。自分が御前の眼はいつ潰れたのかいと聞くと、なに昔からさと答えた。声は子供の声に相違ないが、言葉つきはまるで大人(おとな)である。しかも対等(たいとう)だ。

I'm carrying a six-year-old boy on my back. He is certainly my child. But oddly,his eyes are lost. I ask him when he lost his eyes. He answers that it was long time ago. Although his voice is surely child's voice, the way of his talking is like an adult. Moreover, on an equal basis. 

左右は青田(あおた)である。路(みち)は細い。鷺(さぎ)の影が時々闇(やみ)に差す。「田圃(たんぼ)へかかったね」と背中で云った。「どうして解る」と顔を後(うし)ろへ振り向けるようにして聞いたら、「だって鷺(さぎ)が鳴くじゃないか」と答えた。

There is rice fields both sides of us. The ridge between the fields is narrow. Shadows of herons are seen in the dark. "We are approaching rice fields",on my back."Why can you notice that?",I turn my face back and ask."Because herons are crawing",he answered. 

すると鷺がはたして二声ほど鳴いた。 自分は我子ながら少し怖(こわ)くなった。こんなものを背負(しょ)っていては、この先どうなるか分らない。どこか打遣(うっち)ゃる所はなかろうかと向うを見ると闇の中に大きな森が見えた。あすこならばと考え出す途端(とたん)に、背中で、「ふふん」と云う声がした。

Shortly, herons craw.I feel scared,although it is my child. I wonder what will happen to me if I keep carring it on my back. Looking around to find where I can leave it, I can find big woods in the dark. As soon as I begin to wonder if I can leave it there, I hear its chuckling on my back.

「何を笑うんだ」 子供は返事をしなかった。ただ「御父(おとっ)さん、重いかい」と聞いた。「重かあない」と答えると「今に重くなるよ」と云った。

"What are you chuckling at?"The child doesn't answer to the question."Am I heavy,dad?", he just asked."You are't heavy""I will become heavy soon",he answered. 

自分は黙って森を目標(めじるし)にあるいて行った。田の中の路が不規則にうねってなかなか思うように出られない。しばらくすると二股(ふたまた)になった。自分は股(また)の根に立って、ちょっと休んだ。「石が立ってるはずだがな」と小僧が云った。

Remaining silent,I'm walking to the woods as a landmark. The ridge between rice fields runs so irregularly that I cannot easily go out of the field. Soon I reach a forked road. I take a rest,standing on the forked road. " A stonemark must be here",the child said. 

なるほど八寸角の石が腰ほどの高さに立っている。表には左り日(ひ)ケ窪(くぼ)、右堀田原(ほったはら)とある。闇(やみ)だのに赤い字が明(あきら)かに見えた。赤い字は井守(いもり)の腹のような色であった。 

As he said,there is a stone which is 24 by 24 cm square and as high as my waist.I could read on the stone "Left: Hikakubo,Right:Hottahara". In spite of the darkness, I can see red words on it clearly. The words are red like a belly of a newt.

「左が好いだろう」と小僧が命令した。左を見るとさっきの森が闇の影を、高い空から自分らの頭の上へ抛(な)げかけていた。自分はちょっと躊躇(ちゅうちょ)した。「遠慮しないでもいい」と小僧がまた云った。自分は仕方なしに森の方へ歩き出した。腹の中では、よく盲目(めくら)のくせに何でも知ってるなと考えながら一筋道を森へ近づいてくると、背中で、「どうも盲目は不自由でいけないね」と云った。「だから負(おぶ)ってやるからいいじゃないか」「負ぶって貰(もら)ってすまないが、どうも人に馬鹿にされていけない。親にまで馬鹿にされるからいけない」

"We should go to the left",he orders. Looking into the left,the darkness of the woods looks aproaching me. I hesitate a little."Don't hesitate",he says. I begin to walk to the woods unwillingly. I am considering why he knows everything although he is blind and approaching the woods on an unforked road. "I hate this inconvenience due to my blindness",he says. "You don't need to complain,because I'm carrying you on my back.""I feel sorry for being carried on your back.But I hate being fooled by others. Even my father fools me." 

何だか厭(いや)になった。早く森へ行って捨ててしまおうと思って急いだ。「もう少し行くと解る。――ちょうどこんな晩だったな」と背中で独言(ひとりごと)のように云っている。

I get disgusted. I hurry in order to discard him in the woods."You will find out when you go a little further. That was a night like today.",he talks to himself.

「何が」と際(きわ)どい声を出して聞いた。「何がって、知ってるじゃないか」と子供は嘲(あざ)けるように答えた。すると何だか知ってるような気がし出した。けれども判然(はっきり)とは分らない。ただこんな晩であったように思える。そうしてもう少し行けば分るように思える。分っては大変だから、分らないうちに早く捨ててしまって、安心しなくってはならないように思える。自分はますます足を早めた。

"What are you talking about?",I ask impatiently. "What am I talking about? You should know that",the child mockingly answers. Then I begin to feel I know that, being still not sure of that,but feeling that that was a night like this. And I feel I will find out when I go a little further. I also feel that I should discard him soon for the peace of my mind before I get sure of that. I quicken my step. 

雨はさっきから降っている。路はだんだん暗くなる。ほとんど夢中である。ただ背中に小さい小僧がくっついていて、その小僧が自分の過去、現在、未来をことごとく照して、寸分の事実も洩(も)らさない鏡のように光っている。しかもそれが自分の子である。そうして盲目である。自分はたまらなくなった。「ここだ、ここだ。ちょうどその杉の根の処だ」

It has been raining since a short while ago. The path is getting narrower. I almost forget myself. Just one small child carried on my back,he lights up everything in the past,present and future of mine like a shining mirror.Moreover,he is my child,and blind. I feel intolerable."Here,here. Just on the foot of the cedar. 

雨の中で小僧の声は判然聞えた。自分は覚えず留った。いつしか森の中へ這入(はい)っていた。一間(いっけん)ばかり先にある黒いものはたしかに小僧の云う通り杉の木と見えた。「御父(おとっ)さん、その杉の根の処だったね」「うん、そうだ」と思わず答えてしまった。

I can hear his voice clearly in the rain. Unconsciously I stop. Without notice, I have been already in the woods. I can see one black thing in two meter front of us. That seems certainly a cedar as he said."Dad, that was on the foot of the cedar.""Yes,that was.", I unconsciously answer.

「文化五年辰年(たつどし)だろう」 なるほど文化五年辰年らしく思われた。「御前がおれを殺したのは今からちょうど百年前だね」 自分はこの言葉を聞くや否や、今から百年前文化五年の辰年のこんな闇の晩に、この杉の根で、一人の盲目を殺したと云う自覚が、忽然(こつぜん)として頭の中に起った。おれは人殺(ひとごろし)であったんだなと始めて気がついた途端(とたん)に、背中の子が急に石地蔵のように重くなった。

"That was in Bunka 5th,the year of the Dragon"Indeed it seems Bunka 5th,the year of the Dragon."100 years has just passed since you murdered me."As soon as I hear his saying, I suddenly get aware that I murdered a blind man here 100years ago,in Bunka 5th,the year of the Dragon. The moment I notice I am a murderer,the child on my back suddenly become heavier like a stone statue.

Nightmares 2nd night by Soseki Natsume

第二夜
2nd night 

こんな夢を見た。 和尚(おしょう)の室を退(さ)がって、廊下(ろうか)伝(づた)いに自分の部屋へ帰ると行灯(あんどう)がぼんやり点(とも)っている。片膝(かたひざ)を座蒲団(ざぶとん)の上に突いて、灯心を掻(か)き立てたとき、花のような丁子(ちょうじ)がぱたりと朱塗の台に落ちた。同時に部屋がぱっと明かるくなった。

I dreamed.When I left the priest's room and went to my room through the corridor, a lamp was burning dimly. I went down on my knee on the cushion and stirred up the wick. At that time, a clove dropped on the stand painted in red vermillion and it became lighter in the room. 

襖(ふすま)の画(え)は蕪村(ぶそん)の筆である。黒い柳を濃く薄く、遠近(おちこち)とかいて、寒(さ)むそうな漁夫が笠(かさ)を傾(かたぶ)けて土手の上を通る。

The drawing on the papered sliding door is by Buson. In the drawing, willows were drawn in different shades in far and near and a fisherman who looks cold and are benting his bamboo hat was walking on a bank.

床(とこ)には海中文殊(かいちゅうもんじゅ)の軸(じく)が懸(かか)っている。焚(た)き残した線香が暗い方でいまだに臭(にお)っている。広い寺だから森閑(しんかん)として、人気(ひとけ)がない。黒い天井(てんじょう)に差す丸行灯(まるあんどう)の丸い影が、仰向(あおむ)く途端(とたん)に生きてるように見えた。

A scroll with a drawing is hung in an alcove. The air in dark rooms is still fragrant with a burned stick of incense. This is a big temple and it is deadly silent and deserted. A round shadow of a lamp with a paper shade which is attached on the black celling looked a living thing soon after I turn over on my back. 

立膝(たてひざ)をしたまま、左の手で座蒲団(ざぶとん)を捲(めく)って、右を差し込んで見ると、思った所に、ちゃんとあった。あれば安心だから、蒲団をもとのごとく直(なお)して、その上にどっかり坐(すわ)った。

I keep sitting with my knee drawn up and turn over a square floor cushion. I inserted my right hand under the cushion and I can find it there. I am relieved and I put down the cushion again and sit on it.  

お前は侍(さむらい)である。侍なら悟れぬはずはなかろうと和尚(おしょう)が云った。そういつまでも悟れぬところをもって見ると、御前は侍ではあるまいと言った。人間の屑(くず)じゃと言った。ははあ怒ったなと云って笑った。口惜(くや)しければ悟った証拠を持って来いと云ってぷいと向(むこう)をむいた。怪(け)しからん。

The priest said "if you are a samurai you ought to spiritually be awaken. But I suppose you are not a samurai because it doesn't seemed that you have gotten spiritually awaken. You are just a dreg. Oh, you get angry". He grinned at me and said " If you are mortified at me, bring me the evidence that you can spiritually be awaken." and he turned his face to another. How rude he was. 

隣の広間の床に据(す)えてある置時計が次の刻(とき)を打つまでには、きっと悟って見せる。悟った上で、今夜また入室(にゅうしつ)する。そうして和尚の首と悟りと引替(ひきかえ)にしてやる。悟らなければ、和尚の命が取れない。どうしても悟らなければならない。自分は侍である。

I will be spiritually awaken by the time when the clock which is on the floor of the hall in the next room strikes the coming hour. And I will enter his room to change my awakening and his life. If I cannot be awaken, I won't be able to kill him. I by all means must be spiritually awaken. I am a samurai. 

もし悟れなければ自刃(じじん)する。侍が辱(はずか)しめられて、生きている訳には行かない。綺麗(きれい)に死んでしまう。 こう考えた時、自分の手はまた思わず布団(ふとん)の下へ這入(はい)った。そうして朱鞘(しゅざや)の短刀を引(ひ)き摺(ず)り出した。

If I cannot be awaken, I will kill myself. I cannot continue to live if I am humiliated. I think like that and insert my hand under the cushion. I pull a dagger out.

ぐっと束(つか)を握って、赤い鞘を向へ払ったら、冷たい刃(は)が一度に暗い部屋で光った。凄(すご)いものが手元から、すうすうと逃げて行くように思われる。そうして、ことごとく切先(きっさき)へ集まって、殺気(さっき)を一点に籠(こ)めている。

I grasp the haft and draw my sword. A chilly blade gleams in the dark room. I feel that my soul is leaving to the blade and it concentrates on the point of the sword.

自分はこの鋭い刃が、無念にも針の頭のように縮(ちぢ)められて、九寸(くすん)五分(ごぶ)の先へ来てやむをえず尖(とが)ってるのを見て、たちまちぐさりとやりたくなった。身体(からだ)の血が右の手首の方へ流れて来て、握っている束がにちゃにちゃする。唇(くちびる)が顫(ふる)えた。

I see the sword, which was sadly shorten into about 30 cm sharp daggar, and I want to stab with this. My blood flows to my right wrist from other parts of my body and the haft of the sword is sticky. My lips trembles. 

短刀を鞘へ収めて右脇へ引きつけておいて、それから全伽(ぜんが)を組んだ。――趙州(じょうしゅう)曰く無(む)と。無とは何だ。糞坊主(くそぼうず)めとはがみをした。

I sheathe the sword and put it on my right side. And I sit cross-legged. Josyu said "Nothingness". What is "Nothingness"? I gnash my teeth in chagrin against the priest.  奥歯を強く咬(か)み締(し)めたので、鼻から熱い息が荒く出る。こめかみが釣って痛い。眼は普通の倍も大きく開けてやった。

I bite my back teeth so strongly that warm breath flows from my nose. The temple hurts me. I dare open my eyes twice as large as usual. 

懸物(かけもの)が見える。行灯が見える。畳(たたみ)が見える。和尚の薬缶頭(やかんあたま)がありありと見える。鰐口(わにぐち)を開(あ)いて嘲笑(あざわら)った声まで聞える。怪(け)しからん坊主だ。どうしてもあの薬缶を首にしなくてはならん。悟ってやる。無だ、無だと舌の根で念じた。無だと云うのにやっぱり線香の香(におい)がした。何だ線香のくせに。

I can see a hanging scroll. I can see a lamp with a paper shade. I can see tatami mats. I can clearly see the priest's skin head. I can even hear his mock. How rude he is. I must kill him. I mumbled " Nothingness, Nothingness". But a stick of incense smells,though it is only an incense. 


自分はいきなり拳骨(げんこつ)を固めて自分の頭をいやと云うほど擲(なぐ)った。そうして奥歯をぎりぎりと噛(か)んだ。両腋(りょうわき)から汗が出る。背中が棒のようになった。膝(ひざ)の接目(つぎめ)が急に痛くなった。膝が折れたってどうあるものかと思った。けれども痛い。苦しい。

I abruptly clench my fist and hit my head. And I bit my back teeth. I sweat on my sides. My back becomes stiff. My knee joints hurts me. I think I don't mind breaking my knee joints. But it hurts me. I have a pain.

無(む)はなかなか出て来ない。出て来ると思うとすぐ痛くなる。腹が立つ。無念になる。非常に口惜(くや)しくなる。涙がほろほろ出る。ひと思(おもい)に身を巨巌(おおいわ)の上にぶつけて、骨も肉もめちゃめちゃに砕(くだ)いてしまいたくなる。

"Nothingness" doesn't readily appear. Soon after I feel "Nothingness", I have a pain. I feel angry. It is really regrettable. I cry in vexation. I want to knock my body against large stone and to break my body into pieces. 

それでも我慢してじっと坐っていた。堪(た)えがたいほど切ないものを胸に盛(い)れて忍んでいた。その切ないものが身体(からだ)中の筋肉を下から持上げて、毛穴から外へ吹き出よう吹き出ようと焦(あせ)るけれども、どこも一面に塞(ふさ)がって、まるで出口がないような残刻極まる状態であった。

But I put up with it and keep sitting. I endure something sad and painful. The sad and painful thing is impatiently trying to lift the muscle inside my body and spout out. But it is cruel that all around is blocked and that there's no way out. 

そのうちに頭が変になった。行灯(あんどう)も蕪村(ぶそん)の画(え)も、畳も、違棚(ちがいだな)も有って無いような、無くって有るように見えた。と云って無(む)はちっとも現前(げんぜん)しない。ただ好加減(いいかげん)に坐っていたようである。ところへ忽然(こつぜん)隣座敷の時計がチーンと鳴り始めた。 はっと思った。右の手をすぐ短刀にかけた。時計が二つ目をチーンと打った。

By and by I feel strange. I feel I can and also cannot see a lamp,Buson's drawing,tatami mats and a shelf. But the "Nothingness" doesn't appear to me. I think I have just kept sitting halfheartedly. At the time the clock in the next room rings. I am startled momentarily. I place my right hand on the hilt of my sword. The clock sounds another ring.

Nightmares 1st night by Soseki Natsume

夢十夜
夏目漱石
10 Nightmares by Natsume Soseki

第一夜
1st night 

こんな夢を見た。 腕組をして枕元に坐(すわ)っていると、仰向(あおむき)に寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。女は長い髪を枕に敷いて、輪郭(りんかく)の柔(やわ)らかな瓜実(うりざね)顔(がお)をその中に横たえている。真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇(くちびる)の色は無論赤い。とうてい死にそうには見えない。しかし女は静かな声で、もう死にますと判然(はっきり)云った。自分も確(たしか)にこれは死ぬなと思った。そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上から覗(のぞ)き込むようにして聞いて見た。死にますとも、と云いながら、女はぱっちりと眼を開(あ)けた。大きな潤(うるおい)のある眼で、長い睫(まつげ)に包まれた中は、ただ一面に真黒であった。その真黒な眸(ひとみ)の奥に、自分の姿が鮮(あざやか)に浮かんでいる。

I dreamed.I sit at her bedside. Lying on her back,she quietly says she is about to die. She lies with her long hair under her pillow,her face being in it. Her cheek looks warm red and her lips also looks red. She doesn't look to be about die. But she quietly but clearly says she is going to die soon. That makes me think that she is about to die. So I look into her face and ask her if she is about to die. She says she is about to die, but she opens her eyes widely. Her eyes are black and moist,their center surrounded by long lids being deep black. I can clearly see my figure in her black eyes.  

自分は透(す)き徹(とお)るほど深く見えるこの黒眼の色沢(つや)を眺めて、これでも死ぬのかと思った。それで、ねんごろに枕の傍(そば)へ口を付けて、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。すると女は黒い眼を眠そうに(みはっ)たまま、やっぱり静かな声で、でも、死ぬんですもの、仕方がないわと云った。 じゃ、私(わたし)の顔が見えるかいと一心(いっしん)に聞くと、見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんかと、にこりと笑って見せた。自分は黙って、顔を枕から離した。腕組をしながら、どうしても死ぬのかなと思った。

I stare at her deep black eyes, which looks transparent, and I wonder if she really is going to die. So I move my face to her and ask her again if she is all right and if she is really going to die. With her black eyes keeping open,she answered that she is really going to die and that there is nothing we can. "Can you see me?" I wholeheartedly ask her. She smiles at me, saying " Can I see you? Say,I can see me in your eyes". I silently leave myface from her and wonder if she is really going to die,with my arms folded. 

しばらくして、女がまたこう云った。「死んだら、埋(う)めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片(かけ)を墓標(はかじるし)に置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。また逢(あ)いに来ますから」

Shortly, she says "When I die, please bury me,using perl shell to dig a deep holse. And put a fragment of a star, which will fall down from the sky, as my grave stone. And would you please wait for me by the side of it. I will come to meet you again." 

自分は、いつ逢いに来るかねと聞いた。「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか」

I ask her when she will come to meet me. "Sun rises and Sun sets. And Sun rises again and sets again. Sun moves from east to west repeatedly. Can you wait for me?" 

自分は黙って首肯(うなず)いた。女は静かな調子を一段張り上げて、「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。「百年、私の墓の傍(そば)に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」 自分はただ待っていると答えた。すると、黒い眸(ひとみ)のなかに鮮(あざやか)に見えた自分の姿が、ぼうっと崩(くず)れて来た。静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、女の眼がぱちりと閉じた。長い睫(まつげ)の間から涙が頬へ垂れた。――もう死んでいた。

I nod silently. She raises her silent voice a little and says "Please wait for me for 100 years. Please sit down by the side of my grave and wait for me for 100 years. I surely will come to see you.". I just answer I will wait for you. Then my figure in her deep black eyes waivers and its shape is almost lost. It is like that quiet water carries away a shadow on the water. At that time her eyes closed. Tears well up in her long lids and wet her cheek. I notice she is dead. 

自分はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。真珠貝は大きな滑(なめら)かな縁(ふち)の鋭(する)どい貝であった。土をすくうたびに、貝の裏に月の光が差してきらきらした。湿(しめ)った土の匂(におい)もした。穴はしばらくして掘れた。女をその中に入れた。そうして柔らかい土を、上からそっと掛けた。掛けるたびに真珠貝の裏に月の光が差した。

I went down to a backyard and dug a hole with perlshell. It was a sharp shell with big and smooth edge. Everytime I scooped up the dirt, the perlshell glitted and reflected the moonlight. I smelled the damp soil. I could dig the hole soon. I put the woman in the hole and I spread the dirt over her. Everytime I spread the dirt, the perlshell reflected the moon light.  

それから星の破片(かけ)の落ちたのを拾って来て、かろく土の上へ乗せた。星の破片は丸かった。長い間大空を落ちている間(ま)に、角(かど)が取れて滑(なめら)かになったんだろうと思った。抱(だ)き上(あ)げて土の上へ置くうちに、自分の胸と手が少し暖くなった。

And I brought a fragment of a star and scattered it on her grave. The fragments were round. I thought that they became round after they lost their edges during they were falling down from the sky. When I lifted her in my arms and put her in the hole, my breast and hands got warmer. 


自分は苔(こけ)の上に坐った。これから百年の間こうして待っているんだなと考えながら、腕組をして、丸い墓石(はかいし)を眺めていた。そのうちに、女の云った通り日が東から出た。大きな赤い日であった。それがまた女の云った通り、やがて西へ落ちた。赤いまんまでのっと落ちて行った。一つと自分は勘定(かんじょう)した。

I sit on a moss. I folded my arms and was staring at the round grave stone,thinking that I would wait for her for 100 years. Soon as she said sun rised in east. Sun was big and red. It set in west as she said. It set as it remained red. I counted 1st. 

しばらくするとまた唐紅(からくれない)の天道(てんとう)がのそりと上(のぼ)って来た。そうして黙って沈んでしまった。二つとまた勘定した。 自分はこう云う風に一つ二つと勘定して行くうちに、赤い日をいくつ見たか分らない。勘定しても、勘定しても、しつくせないほど赤い日が頭の上を通り越して行った。それでも百年がまだ来ない。しまいには、苔(こけ)の生(は)えた丸い石を眺めて、自分は女に欺(だま)されたのではなかろうかと思い出した。

Before long, red sun rised and set silently again. I counted 2nd.I had counted one by one like this. I couldn't remember how many sunrises I had counted. After I counted and counted, the red sun had repeated to pass over my head. But it didn't seem that the 100th year would come. At last I began to wonder if I was tricked by her,staring at the round stone with moss. 

すると石の下から斜(はす)に自分の方へ向いて青い茎(くき)が伸びて来た。見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりと揺(ゆら)ぐ茎(くき)の頂(いただき)に、心持首を傾(かたぶ)けていた細長い一輪の蕾(つぼみ)が、ふっくらと弁(はなびら)を開いた。真白な百合(ゆり)が鼻の先で骨に徹(こた)えるほど匂った。 

At that time, a green stem was growing to me from under the stone diagonally. It grew soon and stopped near my breast. It opened its flower petal on its top of the swaying stem. White lily smelled to my nose ,piercing to my bones.

そこへ遥(はるか)の上から、ぽたりと露(つゆ)が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴(したた)る、白い花弁(はなびら)に接吻(せっぷん)した。自分が百合から顔を離す拍子(ひょうし)に思わず、遠い空を見たら、暁(あかつき)の星がたった一つ瞬(またた)いていた。「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。

Then a drop of dew dropped on it from the sky and the lily swayed by its weight. I kissed the white lily with cold dew. When I left my face from the lily and I looked up at the sky, a star was brinking.I notice that 100th year has already come.

Saturday, August 19, 2006

Hometown by Stuart Dybek

柴田元幸の「翻訳教室」(新書館)の課題文を翻訳してみた.
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1.Hometown by Stuart Dybek

誰もが故郷を持っているわけではない.だからある夏の夕べ,君は都会育ちの彼女に,故郷がどんなものか説明しようとする.昔の英雄の像や,褐色に色が変わろうとしている公園の草原の上でピクニックでもするかのようにキャンプをはるホームレス達の辺りを歩きながら.
公園の池を越えてスペイン系の子供達の歓声が野球場から聞こえてきた.それで君は故郷の野球チームで,トラクターやコンバインのヘッドライトや月明かりの中で,外野を守っていたことを思い出す.
薄明かりの中で,君は野球ボールの縫い目よりも,月の表面の模様の方がはっきり見ることが出来た.
君は思い出せるだろう.ホームランボールが頭上を越えてトウモロコシ畑の中へ飛んで,カラスの群れを一斉に飛び立たせたことを.
しばらく歩いた後,彼女と一緒に,君のむさ苦しいアパートの部屋に向かった.通り過ぎたバーの扉は開いていたが,汗とこぼれたビールの臭いがまるで,子供の頃の記憶にある酸えた香りのようだった.それは,線路跡のそばにあった,荒れ果てた穀物庫の酸えた臭いだった.マッチを一擦りすれば火花がちるようだった.
そこには少年達がよく行ったものだ.たばこをすい,時には,彼らが言うには,ある少女に会うためにだった.その少女がいつ現れるのかは,少年達は知らなかったが.少女が来るまでに,イナゴの羽音は耳をつんざき,バッタたちは蒸し暑い空気の中を飛び回っていた.
昼間の月がいつの間にか近づいていて,子供達は,彼らの住むこの小さな町の姿ものを月が映しているのがわかった.
鷹の影がすべるように近づいてきて,鳩の群れがサイロから一斉に飛び立った.子供達は,サイロの裏には気の違った酔っぱらいが住んでいると言っていた.しかし君はその酔っぱらいを見たことはなかった.
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