HONYAKU

Introduction & Translation of Japanese/English literature & Culture 日本と英語の小説の紹介

Sunday, August 20, 2006

Popular Mechanics by Raymond Carver

柴田元幸の「翻訳教室」(新書館)の課題文を翻訳してみた.
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3.Popular Mechanics by Raymond Carver

その朝の間に,天気は良くなり,雪は溶けて濁った水になっていった.裏庭に面した,肩ぐらいの高さの小窓から,その雪解けの濁った水が流れ落ちていた.通りでは自動車がぬかるんだ道を走っていた.外はもう暗くなりかけていたが,それは家の中も同じだった.
男が寝室で衣類をスーツケースに詰め込んでいると,女がドアのところにやってきた.「嬉しい.やっとででていってくれるのね.ほんとに嬉しいわ.」と,女は言った.「聞いてるの?」男はスーツケースに服を押し込み続けていた.「くそっ.私は,あなたが出て行くのが嬉しくて仕方ないのよ.」女は泣き出した.「私の顔を見ることも出来ないのね.」
そのとき女は赤ん坊の写真がベッドの上に置いてあるのに気づき,それを手に取った.男が女の方を見た.女は涙をぬぐい,男をじっと見た後で,振り返ってリビングに歩いていった.
「返してくれ.」「自分のものだけもって出て行ってよ.」男は答えもせずに,スーツケースを閉じ,コートを着て,寝室の中を見回してから,灯りを消した.
男がリビングに出てくると,女は狭苦しいキッチンの廊下で,赤ん坊を抱えて立っていた.「その子を連れて行きたいんだ」「気でもちがったの?」「正気だよ.でもその子が必要なんだ.後で誰かに,その子のものを取りに来させるよ」「この子にはさわらないでよ」
赤ん坊が泣き出して,女は赤ん坊の顔を覆っていた毛布をとった.「よしよし.」女は赤ん坊の顔をみて言った.男が女の方に近づいた.
「お願いよ」女は叫ぶと,キッチンに逃げた.「僕はその子が必要なんだ」「こっちにこないでよ」女は背を向けて,レンジの裏の隅で赤ん坊を抱きかかえた.
それでも男は近づいて,レンジ越しに手を伸ばして赤ん坊をしっかりつかんだ.「この子を渡してくれ」「出て行ってよ.出て行ってよ.」女は叫んだ.
赤ん坊は顔を赤くして泣きだしていた.赤ん坊を取り合ってるうちに,レンジの裏に吊ってあった鉢植えが落ちた.
男は女の壁に押しつけると,握っていた女の指を解こうとした.そして,赤ん坊から手を離さず,自分の全体重をかけていた.
「この子から手を離すんだ」「やめて,痛がってるじゃない」「そんなことはしてないよ」
キッチンの窓の外はもう暗かった.うす暗い部屋の中で,男は片手で女の握りしめた手をほどいて,もう片方の手で泣き声を上げている赤ん坊の脇あたりををつかんだ.
女は指が無理矢理押し開かれて,赤ん坊が引き離されたのを感じた.「だめよ」手がほどかれた瞬間に叫んだ.女は赤ん坊を取り返そうとして,赤ん坊の片手をつかんだ.手首の辺りを捕まえて,体を反らした.
しかし,男は手を離さなかった.赤ん坊が手からするっと引き抜かれるのを感じたが,強く引っ張り返した.
こんなやり方で,勝敗がついたのだった.

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