5.Invisible Cities by Italo Calvino
5.Invisible Cities by Italo Calvino
これまでの旅の途中で,Adelmaに立ち寄ったことがなかった.上陸した時,Adelmaはもう薄暗かった.船着き場では水夫がロープをつかんで杭に結わえ付けていた.この水夫の顔を見ると,一緒に兵役に送られてもう死んだ男によく似ていた.ちょうど魚の卸市の時間だった.老人がウニの入ったかごを荷台に載せていた.顔に見覚えがあると思って振り返るとすでに路地から姿を消していた.私が子供の頃にすでに老人で,いまはもう生きていないはずの老漁師に似ていた.熱病者が地面に丸まっていて動揺した.顔には毛布が掛けられていたが,父が亡くなる数日前には,ちょうどこの男のように,目が黄色くなりあごひげが伸びていた.私は目をそらした.もう誰の顔も見たくない.
Adelmaが私の見ている夢で,死者にしか出会わないのであれば,恐い夢だ.Adelmaが現実の街で,生きた人間の住む街なら,住人を見ていれば,見知った顔を見かけることはなくなり,苦悶に満ちた知らない顔を見つけるようになる.どちらにしても,人の顔を見ようとはしないほうが良い.
野菜売りがキャベツをはかりの上で量っている.少女がバルコニーからひもにつないで下ろしたかごにキャベツをいれた.その少女の顔は,私の育った村で恋のために気が狂って自殺した少女の顔だった.野菜売りが顔を上げると,私の祖母の顔だった.
私がこれまでの人生で出会った中で,死んだ人が生きている人よりも多くなった.私ももうそんな歳だ.これ以上,新たな顔や表情はつらくて受け入れることができない.知らない人に出会うたびに,昔の知り合いの顔を思い浮かべてしまうし,いつも一番ぴったりする顔を見つけてしまうのだ.
湾港労働者が列を作って階段を上がり,大瓶と樽をかついで前屈みになっていた.彼らの顔は頭巾で隠れていた.真っ直ぐ立ち上がったら,どんな顔かわかるだろう,といらいらして思いながらも,恐怖心も消えなかった.それでも,彼らから目を離せなかった.もしすこしでもこの辺の狭い通りにいっぱいいる人達の方に目をそらしたら,予想もしなかった顔に出くわすことになる.古い記憶の中にある顔が,自分の顔を思い出してほしいかのように,私の顔を知っているかのように,私を見つめることになる.
おそらく,彼らから見た私も,すでに死んでしまっている誰かと同じ顔なのだ.Adelmaに着くか着かないうちに,私はすでに死んでしまった人達の一人になり,かれらの仲間になり,目,しわ,しかめっ面の万華鏡の中に飲まれてしまった.
Adelmaは死ぬときに着く街で,知り合いに再会できる街なのだろう.つまり私もすでに死んでいるということだ.あの世は幸せな世界とはいかないようだ..
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